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8月19日に、2023年8月の「鳥のサイエンストーク」を実施しました。これまでと同様にYoutube liveを用いたライブ配信で行いました。今回は、山階鳥類研究所の山崎剛史さんに、「実は2種いたアホウドリ、名前はどうなる?」と題してお話しいただきました。

アホウドリは、北太平洋で最大の海鳥で、かつては伊豆諸島から台湾周辺の島々まで広く繁殖分布していました。アホウドリは繁殖地ではすぐに飛び立てず、人を恐れないため、羽毛の採取の為に乱獲され、絶滅の危機に瀕してしまいました。その後の保護活動によって個体数は回復していますが、現在の主な生息地は伊豆諸島の鳥島と尖閣諸島の2か所に限られ、小笠原諸島の聟島列島では再導入された個体群が少数繁殖しています。

山階鳥類研究所が継続してきた鳥島での標識調査と保全活動の際に、尖閣諸島生まれと考えられる足環のない個体がしばしば確認されてきました(鳥島生まれの個体は基本的にすべて足環が付けられているため)。こうした個体(以下、「尖閣系」)は体の大きさが小さく、嘴が細長い形態が鳥島で繁殖しているアホウドリ(以下、「鳥島系」)とは異なっていることが知られていました。何年もの間、保全活動の為に設置されたデコイに対して求愛行動を行った「デコちゃん」と名付けられた個体も尖閣系でした。

これとは別に、北海道大学の江田さんたちは、遺跡から出土した骨の形態やDNAの分析により、アホウドリの種内に2つのグループが存在することを明らかにしました。これらの違いは、「鳥島系」と「尖閣系」の違いと一致し、両者には生殖隔離が見られることも明らかになったため、現在のアホウドリには、種レベルの違いに相当する2つのグループが存在することが明らかになりました(これらの研究については第31回鳥学講座「センカクアホウドリ発見記」の報告で詳しく紹介しています)。

これらの研究によってアホウドリが2種に分かれることになりましたが、それぞれの学名をどうするのかは議論が必要です。山崎さんたちは、動物の学名の国際的なルールを定めた「国際動物命名規約」に基づき、この2つのグループにそれぞれどのような学名を付ければよいかを検討しました。種を記載するときに規準になる標本は、「タイプ標本」と呼ばれます。現在使われているアホウドリの学名であるPhoebastria albatrusのタイプ標本は、探検家のステラ―によって現在のオホーツク海で採集され、ドイツ人の博物学者であるパラスによって記載されました。しかし、この標本は、19世紀に廃棄されてしまっていたことがわかったのです。

そのため、山崎さんたちは、本来のタイプ標本と同じオホーツク海で採集され、サンクトペテルブルグ博物館に保存されていた標本を「ネオタイプ」に指定し、このネオタイプの嘴の形態を調べて「尖閣系」に該当することを明らかにしました。これらのことから、現在のPhoebastria albatrusという学名は尖閣系のアホウドリに引き継がれることになります。

それでは、「鳥島系」の学名はどのようになるのでしょうか? 実は、アホウドリには4つの異名が存在します。今後、これらに対応するタイプ標本を探し、「鳥島系」と「尖閣系」のどちらに一致するのかを検討していく必要があります。これらについて記載の年が古い順から確認をすすめ、タイプ標本が「鳥島系」の種であれば、その学名を鳥島系のアホウドリに用い、一致する標本が見つからなければ新しい名前を付けることになります。それぞれにどのような学名が適用されるのか、今後の研究で明らかになる事に期待しましょう。

講演のあとには、両種の交雑個体の有無と雑種の繁殖可能性、ネオタイプを1点に絞る理由などについて、多くの質問やコメントが寄せられ、山崎さんにわかりやすくお答えいただきました。

今回のオンライン講演は、最大同時に87人の方に視聴いただきました。ご視聴いただいた皆様、ありがとうございました。今回のお話しは、9月2日(土)まで見逃し配信を行います。配信したURLと同一の以下のリンクよりご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=F4W_JGPKLY0

9月は鳥のサイエンストークはお休みです。次回、10月の鳥のサイエンストークは、鳥の博物館の小田谷が、ジシギ類の尾羽の枚数や形態についての研究結果をお話しします。配信方法などについては、山階鳥類研究所・我孫子市鳥の博物館ウェブサイトで改めてご案内します。次回もぜひご視聴ください。

今回のお話の元になった論文(英文):
Yamasaki T, Eda M, Schodde R & Loskot V (2022) Neotype designation of the Short-tailed Albatross Phoebastria albatrus (Pallas, 1769) (Aves: Procellariiformes: Diomedeidae). Zootaxa 5124(1): 081-087.
https://www.biotaxa.org/Zootaxa/article/view/zootaxa.5124.1.6