ツバメをはじめとする夏鳥たちが次々と渡ってきて、さえずる声が日増しに賑やかになっています。その中でも特に変わった声を出すのは、ウグイスの仲間のヤブサメでしょう(写真参照)。

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 この鳥のさえずりは、まるで虫が鳴いているかのように、高くて早いテンポです。「紛らわしくて困る」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ご安心下さい。虫たちが鳴くのは主に秋です。ですから、たとえ似ていても、時期が違います。
 ただし、わずかな例外もあります。夜、耳を澄ますと、実は今の時期でも、「ジーッ」という大きな音がどこからか聞こえてきます。その正体は、キリギリスの仲間のクビキリギスです(写真参照)。

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 体長は5.5〜6.5cmと、トノサマバッタと同じくらい。頭は尖っています。ちなみに私は子どもの頃、これを読み間違え、長い間、「クビキリギリス」だと思い込んでいました。しかし本当は、「リ」は一つしかありません。
 けれどもそうだとすると、なんとも縁起が悪いというか、季節感の無い名前だと思うのは、私だけでしょうか?フレッシュマンが入社して、新たな旅立ちの季節だというのに、いったい何故、「首切り」なのでしょう?
 名前の由来については諸説あるそうなのですが、日本直翅学会の河合正人さんによれば、この虫はどうしたわけか、口のまわりがあざやかな赤い色をしており、「血吸いバッタ」とか「生姜食い」と呼ばれることがあったといいます。また、指でつかむと大きなキバを開いてかみつこうとします。その様子から、一度かみつくと首を引きちぎられても離さないとされ、そこから「クビキリギス」という名がつけられたといいます。ただし、本当に離さないのかどうかは、実際には諸説があって、学会にはそれを疑問視する人もおり、「クチベニギス」という別の名前を提唱した人もいたといいます。しかし、残酷な実験を繰り返してまで、真実を検証しようという気にはなれなかったのでしょうか、一度定着した名前を変えようというところまでは至らず、結局、今の名前のまま使うことにしたそうです(ちなみに鳥類でも、たとえばブッポウソウとコノハズク等、実際に即していない種名の例は見られます)。

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 しかし、そうだとしても、縁起の悪い名前ですので、わざわざ春に鳴いてくれなくてもよさそうなものです。そこには、この虫の生態が関係していました。多くのキリギリスの仲間は、秋に産卵して卵の状態で越冬し、春に孵化して夏の間に成長するため、秋に鳴きます。しかし、クビキリギスは成虫のまま越冬するため、春から既に成虫がおり、早いうちに鳴いていたのです。
 イソップ寓話では、キリギリスは働きアリと比較され、怠け者とされてしまっています。けれども実際には、その親戚には越冬する種もいたのでした。『アリとクビキリギス』という寓話の番外編を誰かが書いてみたら、面白いかもしれませんね。
 ちなみに河合さんによれば、キリギリス類は実際には仲間同士の交信のために歌っているのであり、あくまで子孫を残すための手段であって、決して、遊び呆けているわけではありません。また、元を辿ると、最初はアリとセミの話だったそうなのですが、ヨーロッパ北部へ伝わった際に、当地にセミは広く分布していないので、たくさんいるキリギリスに変えられてしまったという経緯もあったそうです。キリギリスからしてみれば、勝手にマイナスのイメージを作られてしまい、迷惑な話ですよね。

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 クビキリギスが実際に勤勉なのかどうかは分りませんが、どうも人間社会は、ステレオタイプ(紋切型)のイメージで物事を捉えてしまいがちです。「キリギリス=秋」。しかし、私達が日常生活の中でよく間違えてしまう原因は、固定観念にとらわれ過ぎているところにもあるのかもしれません。そのことを気付かせてくれる機会が、自然観察の中にはあるのではないかと私は思っています。
 ちなみに、このクビキリギス、我孫子市内では、自然の多い場所へ出かけてゆかなくても、住宅街など身近な場所でも見られます。写真の個体は、市民図書館本館の向かいにある100円ショップの駐車場(写真参照)で見つけました。

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 ただし、街の中では大人が懐中電灯を持って、夜間に野外でじっとしている様子は、傍から見るとかなり怪しいです。他人の家の庭や生け垣の前では、決して観察しないようご注意下さい。